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東京高等裁判所 昭和46年(け)4号 決定

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議申立の趣意は、申立人提出の「異議申立」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、宮沢力三の司法警察員に対する供述調書二通および検察官に対する供述調書一通は、真田金太郎(以下「本人」という。)に対する窃盗被告事件(以下「本件」という。)の第一審公判において不同意の書面として取調がなされなかつた書証であるが、同一内容の書証でも、訴訟の発展にともない、その後顕出された全証拠との関連で検討した結果あらたな照明があてられ、その供述の変遷から虚構の経緯が浮かび上がり、不利と見えた証拠が実は有利な証拠であつたという場合があるのであつて、ことに本件では第一審弁護人と再審請求の弁護人とは同一ではなく、別異の弁護人が別異の角度からあらたな評価をし、右書証の提出を求める場合は、刑訴法四三五条六号にいう「証拠をあらたに発見したとき」にあたるから、これをあらたに発見した証拠にあたらないとした原決定は違法かつ不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ一件記録および証拠物ならびに本件に関する検察官のいわゆる不提出記録を検討して考えると、本件は、公判当初から、問題の自動車の鍵(東京高裁昭和三七年押二一六号の七)が右自動車の保管者である市川和夫から本人に任意に交付され、本人がこれを用いて右自動車を持ち去つたものであるかどうかが強く争われていた事案であるところ、前記各供述調書は、本件の第一審(第二回)公判期日に検察官から証拠調の請求がなされたもので、第一審弁護人は右各書証に対する同意、不同意の意見の表明を留保し、次回(第三回)公判期日においていずれも不同意の意見を表明したことが認められる。そして、その供述者である宮沢力三については、右第三回公判において、弁護人から、本件自動車は本人において相手方の了解のもとに持つて来たものであることを立証するために、証人申請がなされ、右申請は採用され、次回の第四回公判期日に右証人の尋問が行なわれ、第二審公判においても、同証人はさらに職権により喚問されているのである。

そこで、右のような本件訴訟の経過にかんがみれば、右宮沢の所論の司法警察員、検察官に対する各供述および宮沢の第一、二審各公判における各供述内容、右各供述の変遷の状況等は本人および第一、二審弁護人の十分了知するところであつたと認めざるをえないところで、右のような状況のもとにおいては、当再審請求事件の原審において弁護人がその提出した意見書で主張している証点、すなわち宮沢力三が当初予備鍵である前記同号七の鍵の存在について供述していなかつたこと、その後その点に関する同人の供述がその主張のように変遷していることなどをとらえて右予備鍵が自動車の物入れの中に入つていたものではなく、したがつて被告人が右予備鍵を用いて自動車を持ち去つたものでないと主張することは、本人および特に訴訟の専門家である第一、二審の弁護人としては、すでに第一、二審の段階において十分可能であつたといわなければならず、これが不可能であつたとの特段の事情は認められない。そして刑訴法四三五条六号にいう「証拠をあらたに発見した」とは、原判決前には知られていなかつた証拠の存在ないしは内容がその後に至つて発見されたことを指すのであつて、その法意は、原判決前にその証拠が知られていた場合には、当該当事者として当然これを利用することが可能であつたのに、これを利用せずにおいて判決がすでに確定した後に再審の資料として援用することは許さないという趣旨であると解される。したがつて、本件の場合、原判決前に、前記のように当該証拠の内容が本人および弁護人に知られていてその利用が十分可能な状況にあつたと認められる以上、たとえ現実にはその当時これを利用することに思い及ばず、再審請求の段階に至つてそのことに気がついたとしても、これを目して前記法条にいわゆる「証拠をあらたに発見した」場合にあたるとはいえない。

なお、右のように原判決以前において被告人側が前記各書証を利用することがすでに可能であつたということであれば、そのことによつてその書証はいわゆる新規性を有しないことになるのであるから、再審請求の際の弁護人が第一、二審の弁護人と別人であつて従前の弁護人と右書証に対する評価を異にするに至つたとしても、それによつてその書証が新規性を取得するものでないことはいうまでもない。けだし、再審請求におけるいわゆる証拠の新規性とは各当事者すなわち検察官または被告人にとつての新規性を意味すると解すべきところ、弁護人は被告人に代わりあるいは被告人のためにその防禦権を全うするために弁護活動をする者であつて、弁護人の変更はもとより当該当事者の同一性を害するものではないからである。かりに弁護人を異にするごとに証拠が新規性を取得するということになれば、法が再審事由として新規な証拠に限定した趣旨は全く没却される不合理な結果を認容せざるをえないことになるであろう。

以上の次第で、所論にかんがみ検討してみても、本件においては前記各書証が同法四三五条六号の新規性を有する証拠とは認められず、その再審事由に該当しないことが明らかであるから、これと同旨に出た原決定の判断にはなんら違法かつ不当な点はない。それゆえ論旨は理由がない。

よつて本件異議の申立は理由がないので、刑訴法四二八条三項、四二六条一項によりこれを棄却することとし、主文のように決定をする。

(中野次雄 寺尾正二 粕谷俊治)

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